「アート」と「コミックス」の狭間で―「アーティスト」ジェームス・ジーンの仕事

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「シーン」というほど明瞭ではなく、「ムーブメント」というほど声高でもない、ある「領域」とでも呼ぶしかないような場所がアメリカンコミックスの世界にはいくつか存在している。それは文学やアート、映画、ファッション、音楽など、他の文化、メディアとの境界で淡くあえかに明滅し、一瞬現れては次の瞬間には消え失せているような「存在」だ。

台湾系アメリカ人アーティスト、ジェームス・ジーン【註1】のコミックス分野との関わりもいまとなってはそのようなものと理解するのが妥当かもしれない。

【註1】公式サイト:http://jamesjean.com/

ジーンはDCコミックスの大人向けファンタジー/ホラー系コミックスレーベルVertigoの人気タイトル『Fables』(2002~2015)のカバーアーティストとしてまず注目され、以降はイラストレーター、画家としての活動がメインになっているが、じつはコマを割ったコミックスも描いている。ジーンのデビューはおそらく2000年のアンソロジーコミックス『Meathaus』#1への寄稿だが、少なくともこのシリーズでジーンはいくつかのコミックス作品を発表していた。

Fables Covers: The Art of James Jean(DC/Vertigo, 2008)

Meathausはスモールプレス系クリエイター有志による合同プロジェクトだ。90年代末から2000年代初頭にかけてはアメリカのインディーコミックスシーンが少し独特な盛り上がりを見せていた時期で、Alternative Press Expo【註2】 やSmall Press Expoといったインディーコミックスの専門コンベンションで若いクリエイターたちが独自に横のつながりをつくりはじめ、そこからいくつかの興味深い新プロジェクトが誕生している。2000年に最初のコミックブックを発表したMeathausもそのひとつで、まだアートスクール在学中だったジーンはこの実験的なコミックスアンソロジーに最初から参加していた。

【註2】 1994年にはじまったもっとも歴史あるインディーコミックスイベントだが、2017年開催大会で終了した模様。http://www.comicsbeat.com/whatever-happened-to-ape/

日本ではアメリカのオルタナティブコミックスは自伝や社会的な問題を扱ったものなど、文学的な内容を強調して紹介されることが多いが、実際にはエステティックなアート面での実験をメインにした作品も多く、当時Meathausに集った作家たちは2000年代はじめにおけるその最右翼だったといえる。

ジーンはこのグループの中では写実的な画風に属するが、個々の描写はリアリスティックでありながら画面全体では強烈な眩惑感を感じさせる彼のアートスタイルは、のちにニューヨークタイムズ紙で「マックスフィールド・パリッシュを思わせる」と評される【註3】ことになった。

【註3】https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/interactive/2011/08/21/arts/design/20110821-canon-feature.html

『Fables』のカバーアートでコミックス業界で急速に注目を集めたあと、ジーンは主にコマーシャルイラストレーションの世界で華々しいキャリアを重ね、装丁や雑誌への寄稿、CDジャケットの装画などを手掛けるいっぽう、アーティストとしてオリジナル作品創作も積極的におこない、美術界での存在感も徐々に高めていく。2007年にファッションブランド、プラダのコラボレーションアーティストに抜擢されたのを契機として、翌08年以降は美術作家的な活動に主軸を移したジーンだが、これ以降もニール・ゲイマン、マイク・オールレッドなど親交のあるコミックスクリエイターの記念出版物への画稿の提供などはおこなっている。

こうしたジーンの活動は日本にも何度か紹介されてきており、2010年には渋谷パルコパート1でデイビット・チョーとの二人展が開催【註4】、2015年には日本オリジナル編集による画集『パレイドリア』(パイインターナショナル)が刊行、2018年4月には村上隆がプロデュースするギャラリー「Kaikai Kiki Garally」で個展「AZIMUTH」【註5】が開催された。

【註4】https://www.cinra.net/news/2010/11/05/183956
【註5】http://gallery-kaikaikiki.com/category/exhibitions/ex_solo/azimuth/

『パレイドリア―ジェームス・ジーン画集』(パイインターナショナル、2015年)

ジーンのような作家の活動はマンガやコミックスの文脈からはほとんど語られることがなく、美術的な研究、批評においてはコミックスとの接点が無視されがちだが、彼のようなスタンスでコミックスとファインアートを往還するアーティストは現在のアメリカではじつは珍しいわけではない【註6】。むしろ今後こうしたスタンスをとるクリエイターは増えることはあっても減ることはないだろう。

【註6】たとえばジーンより一世代前のケント・ウィリアムスなども似たスタンスで活動している。

なぜならアートスクールに在籍する若いクリエイターの卵たちにとって、コミックスはもっとも手軽に自身の「表現」をかたちにできる手段のひとつであり、また2000年代以降のアメリカにおけるコミックスというメディアの社会的地位の上昇もあって、彼らが自分の創作活動を(既存のコミックブック業界を含めた)マーケットに届けるためのプレゼンテーションツールとしても極めて有効なものになってきているからだ。

ファインアートといい、ポップカルチャーというが、その関係や文脈は日々変化し続けている。2015年にはアップルの「i-Pad Pro」のキャンペーンアーティストに選ばれた彼の成功は、現代のまだ無名な若いアーティストたちにとってはよい指針になるだろうし、研究者や批評家にとってはそうした変化を分析するための格好のサンプルでもあり得る。

彼の最新プロジェクトは、長年のジーンの支援者でもある日本のトイメーカー、グッドスマイルカンパニーとコラボレーションしたミッキーマウス&ミニーマウスの生誕90周年を記念したスペシャルフィギュアの制作だが、村上隆のいう「スーパーフラット」な記号的イメージを再度立体として凝結させたようなこの作品の造形やそのパートナーが「日本のトイメーカー」であること自体、アートとポップ、美術とコミックスの変化し続ける関係性を象徴するものだといえるのではないだろうか。

MICKEY MOUSE & MINNIE MOUSE 90TH ANNIVERSARY EDITION –
BLIND BOX FIGURE SET – JAMES JEAN × GOOD SMILE COMPANY
©Disney

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About Author

小田切 博

フリーライター、アメリカンコミックス研究。著書『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』(NTT出版)、『キャラクターとは何か』(筑摩書房)、共編著『アメリカンコミックス最前線』(小野耕世との共編、大日本印刷)。

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